古九谷
古九谷の魅力は、なんといっても重厚さ、格調の高さにあります。
力強い筆使いでダイナミックに描かれており、
色彩はなかでも九谷五彩(赤、緑、黄、青、紫 の五色)を用いた狩野派の絵付けは、
当時の加賀藩の財力と文化政策が生み出した芸術品でして、
絵のモチーフには山水、花鳥など自然をテーマにしたものが多 くみられます。
狩野派の絵画を思わせる絢爛たる五彩手や、
19世紀末の西欧の印象派絵画との近似性を指摘される青手など、
同じ古九谷とよばれながらもそのデザインの幅はじつに広いものがあります。
人気を誇った色絵磁器の古九谷ですが、
突然、古九谷の窯は閉ざされ、約40年で廃窯となりました。
木米
京都の文人画家・青木木米の指導により生まれた木米は、
赤色をベースに人物を 描き込んだ独特の模様が特徴で、
人物や画を多く描き入れた上に背景を赤で埋め尽くすという斬新なデザインと、
独特な質感と趣を持つ赤色がポイントです。
鮮やかな赤を使った模様は日本の陶器の中では珍しく、
そのため絵のモチーフに は唐人が描かれることが多いようです。
吉田屋
古九谷が消えてしまって100年以上も後に、
72歳にして九谷焼の再興に着手した加賀の商人四代目吉田屋伝右衛門によって誕生しました。
その名は当時、伝右衛門が商いをしていた『吉田屋』にちなんでいます。
吉田屋の模様は、赤色を使わず、青(緑)、黄、紫、紺青の4色を巧みに使い、
小紋にはくっきりと目立つ模様の地紋様を取り入れています。
また、陶器のバックをすべて絵の具で塗り埋めることで、重厚感のある焼き物になっています。
飯田屋
幕末から明治にかけては、欧米諸国へ輸出され王侯貴族を魅了し、
そのころは飯田屋や庄三(しょうざ)が珍重されました。
飯田屋は、 飯田屋八郎右衛門が始めたことに由来し、
赤で綿密に人物を描き、その周りを小紋などで埋め尽くし、
金彩を加えた細かなタッチがが特徴です。
緻密に人物を描きその周りを小紋等で埋め尽くし、所々に金彩を加えるといった一風変わった技法で、
白をベースとしながらも濃い赤色の縁取りが華やかな雰囲気を醸し出しています。
庄三
庄三(しょうざ)はこれまでの九谷の特徴をデザインに生かしながらも、
西洋絵の具による原色ではない中間色を取り入れ、繊細で柔らかいタッチが特徴です。
赤色 ・えん脂・白盛・黒色・茶色と、彩色といわれる緑色・黄色・紺色・青色・色紫・ 淡緑色と
更にこれらの色をそれぞれ交ぜることによって、
その中間色を表現することが出来ました。
庄三はその色彩豊さから「彩色金襴手」とも呼ばれています。
さらには洋風デザインとの混ざり合いが新しいデザインを生み出し、
海外への輸出も盛んに行われました。
絵のモチーフには山水、花鳥など自然をテーマにしたものが多くみられます。
永楽
近代になって登場した模様の一つが永楽です。
九谷焼を代表する永楽は、赤色をベースにした模様の上にところどころに金色を施しています。
金のみで彩色した豪華絢爛な作風が特徴で、洗練された美しさは必見です。
銀彩
銀彩も近代になって登場したものの一つです。
銀箔の上に透明釉や色釉を塗りつける手法です。銀箔が剥がれず、錆びが出ません。
銀を直接貼るのに比べ、 絵の調子に柔らかみがでる技法です。
現代的な九谷焼の代表的な存在となっています。
最後に
このように九谷焼には大変多くの技法や模様があり、
それらは全て繊細で、美しい色彩を持っています。
九谷焼は、有田焼などと違い白い土が取れる土壌ではなかったため、
どうしても土に色が混じってしまったそうです。
そこで、上に美しい絵を描くことで土の色をものともしない、
美しい色彩の焼き物として進化してきたと言われています。
九谷焼の鮮やかさは、きっといつものお香を一味も二味も変えることと思います。
ぜひこの機会に一度お楽しみいただけましたら幸いです。
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